これなら、帰国してもバイリンガルMCになれるはずはありません。

思い切って、付き合う人を変えることにしました。

英語学校に毎日通うことにし、日本人とはなるべく話さず、同じクラスメートでも、日本人以外の人と話すと、必然的に英語を使う必要がありました。

クラスにはなるべく早くいって、先生の近くにすわって発言しやすいようにし、最後まで残って質問しました。

当時のことを思い出すと、とにかく必死だったなぁ、と思います😅

ブライダルに関わりたかったので、DJスクールに申し込んだりしたんです。(英語も話せないのに)

ブライダルMCという職業がアメリカにないので、近いのはDJだ、と言われて紹介してもらったのですが、クラブDJについて学ぶスクールだったり😅

駐車場で、DJと書かれている車に乗っている女性を見つけて、つたない英語で弟子になりたいというようなことを話してついていったら、カラオケDJだったり😅

最初は本当に失敗だらけでした。

語学学校でも、みんなが一つの質問を理解して長い文章でいろいろ話しているのに、私だけ質問の意味すらもわからなかったり。

しかし、ひたすらついていくために勉強しました。

430点だったTOEICは、一年後には700点、2年後には、800点になりました。

2年間、語学学校に通いつめ、TOEIC800点をとっても、「ペラペラな状態」からは程遠いな、と思いました。

しかし、いつまでも語学学校ばかり通っていては、バイリンガルMCのように、二か国語ですらすら話せるようにはなれない。

思い切って語学学校の授業を減らし、「英語を話す」機会を増やすことにしました。

Toastmastersというパブリックスピーキングのグループに入って、役員も引き受けたり、地元の音楽家の団体に入って、書記を引き受けたり、大学でボイストレーニングの授業をとったり、大学で日本について講義をしたり、国際交流団体の集まりで、日本のブライダルについてプレゼンをしたり。

ここでも、我ながら「セルフコーチング」が活きていたな、と思います。

自分の目標は「人前で英語を話すプロになること」だったので、話すことに特化した機会をたくさんつくっていったのです。

ネイティブと一緒になにか仕事をすることで、彼らの早い英語をリスニングする力や、とっさに言いたいことを伝えることもできるようになってきました。

TOEICの点数は、4年後には950点になっていました。

「アメリカに4年も住んでいたなら、そりゃー話せるようになるよね」多くの人から言われました。でも、それは違います。

4年どころか、20年アメリカに住んでいても、英語が満足に話せない人はたくさんいるんです。

たくさんの駐在員妻と接していて、私が当初思い描いていた「TOEIC800点レベル」に達して帰国できる人は、どれくらいいたのか。

のちに英語コーチングの体験セッションを募集するので、それに申し込んでいただいた方々には、現実の数字をお伝えしたいと思います。

つまり、結局は自分自身なんです。

いかに真剣になれるのか。

英語を続けられるのか。

鍵は、あなた自身の中にあります。

それを引き出すのが、コーチングの技術を身につけた、コーチです。

英語コーチングで英語力が伸びるのは、そこです。

430点だった頃よりはかなり英語ができるようになっていたものの、アメリカに4年住んで、950点以上とれるようになっても、私の英語力は、完璧とはいえませんでした。

なかなか、ネイティブのような感覚にはなれない。

自分が生まれた時から英語を使っていたらどうだったんだろう?と思いました。

30年以上も日本語ばっかりで過ごしてきた時期を、英語も同じくらい使っていたら。

語学の習得は習慣の積み重ねなので、そりゃー、今までのような苦労はしなくていいに違いない。

バイリンガル育児をしている、したいという方達は、そう思いますよね?私も同じ気持ちなんです😊

私の英語コーチングの新規生の募集は、年明けから開始させていただきます😊

part1,2ともに、アメリカにいた時の懐かしい写真です。読んでいただき、ありがとうございます😊